頭部CT画像の見方:慢性硬膜下血腫をどう捉えるか
はじめに:慢性硬膜下血腫とは
放射線技師として日常業務を行う中で、頭部CT検査は非常に頻繁に経験する検査の一つです。脳卒中や外傷など、様々な疾患や病態を評価するために実施されますが、特に高齢の患者様でしばしば遭遇するのが「慢性硬膜下血腫」です。
急性期とは異なり、慢性硬膜下血腫は症状がゆっくりと進行することが多く、画像上の所見も多様性を示すことがあります。そのため、その特徴をしっかりと理解し、注意深く観察することが重要となります。
この記事では、頭部CT画像から慢性硬膜下血腫をどのように捉え、評価していくべきか、具体的な画像の見方のポイントを中心に解説します。
症例提示:慢性硬膜下血腫の画像所見
慢性硬膜下血腫のCT画像を見る際に、まず注目すべき点は、硬膜とくも膜の間に位置する血腫の存在です。典型的な慢性硬膜下血腫は、頭蓋骨の内側に沿って三日月状に広がる低吸収域として描出されます。脳実質よりもCT値が低い液体成分として見えます。
しかし、血腫の性状は一様ではありません。血腫形成からの時間経過や再出血の有無などによって、吸収値は変化します。亜急性期に近いものでは等吸収域に見えることもあり、この場合は脳実質との区別がつきにくく、見落としの原因となることがあります。また、被膜内の再出血を伴う場合は、低吸収域の中に線状あるいはまだら状の高吸収域が混在して見えることがあります。多房性を示す場合もあります。
血腫の大きさや広がり、そして脳実質に対する圧迫(マスエフェクト)の評価も重要です。血腫が大きい場合、その下の脳実質(大脳半球など)は圧排され、脳溝や脳室は狭小化します。特に注意が必要なのは、脳正中構造の偏位(midline shift)です。これは血腫による圧迫が脳全体に及んでいることを示唆し、重症度を判断する上での重要な指標となります。両側に慢性硬膜下血腫が存在する場合、脳実質全体が内側に圧迫され、脳溝や脳室が狭小化するにも関わらず、正中偏位が目立たないことがあるため注意が必要です。
画像を観察する際には、通常の脳ウィンドウだけでなく、血腫の吸収値をより詳細に評価するために、ウィンドウ幅(WW)やウィンドウレベル(WL)を調整することも有効です。特に等吸収域に見える血腫の場合、脳ウィンドウでは見えにくくても、少しウィンドウを広げたり、レベルを調整したりすることで血腫の境界が明瞭になることがあります。
画像の見方のポイント
慢性硬膜下血腫を正確に評価するためには、以下の点に注意して画像を見ていくことが推奨されます。
- 血腫の吸収値と均一性: 典型的な低吸収域だけでなく、等吸収域や高吸収域の混在がないかを確認します。特に等吸収域の血腫は、脳萎縮による脳室・脳溝拡大と誤認しないよう注意が必要です。
- 血腫の広がりと形状: 三日月状の典型的な形状か、あるいは被膜による分画が見られる多房性かなどを評価します。硬膜に沿って広がるのが特徴ですが、まれにテント上・下の両方に及ぶこともあります。
- マスエフェクトの評価: 血腫による脳実質の圧排、脳溝・脳室の狭小化、そして最も重要な正中偏位の有無と程度を評価します。
- 両側性の確認: 片側だけでなく、反対側にも血腫が存在しないか、注意深く確認します。両側性の場合は、脳室などが一様に狭小化しているため、見落としやすい傾向があります。
- 被膜の評価: 慢性硬膜下血腫には通常、内膜と外膜からなる被膜が存在します。造影CTではこの被膜が造影されることがあります。被膜の厚さや造影効果は、血腫の活動性や再発の可能性を示唆することがあります。
- 窓幅・窓レベルの調整: 血腫の吸収値をより詳細に評価するため、適切なウィンドウ設定で観察します。
これらのポイントを系統的に観察することで、慢性硬膜下血腫の存在、特徴、そして脳への影響を正確に把握することができます。
臨床的な意義・注意点
慢性硬膜下血腫は、比較的軽微な頭部外傷が原因となって、数週間から数ヶ月の時間をかけてゆっくりと血腫が形成される疾患です。高齢者やアルコール多飲者、抗血栓薬を服用している方などに発生しやすいとされています。
症状は頭痛、片麻痺、認知機能障害、歩行障害など非特異的な場合が多く、診断が遅れることもあります。放射線技師として、特に高齢者の頭部CT検査においては、これらの病歴や臨床症状を踏まえ、慢性硬膜下血腫の可能性を念頭に置いて画像を確認することが重要です。
検査の際は、患者様の状態に応じて適切なポジショニングを心がけ、体動によるアーチファクトを最小限に抑える工夫が必要です。特に高齢の患者様は体動しやすい場合があるため、声かけや固定などが重要になります。また、薄いスライス厚で撮影することで、小さな血腫や被膜をより鮮明に描出することが可能となります。
等吸収域の血腫のように診断が困難な場合や、マスエフェクトが疑われるにも関わらず原因が明確でない場合などは、医師に積極的に情報を共有し、ダブルチェックを依頼するなど、チームとして患者様の診断に貢献する姿勢が大切です。
まとめ
慢性硬膜下血腫は、頭部CT検査でよく遭遇する疾患であり、その画像所見は多様性を示します。典型的な三日月状の低吸収域だけでなく、等吸収域や高吸収域の混在、多房性など、様々なパターンがあることを理解しておく必要があります。
画像を見る際には、血腫自体の吸収値や形状、広がり、そして脳へのマスエフェクト(特に正中偏位)を注意深く評価することが重要です。また、両側性の血腫や等吸収域の血腫は見落としやすいため、特に注意が必要です。適切なウィンドウ設定での観察や、臨床情報との照らし合わせも、正確な診断に不可欠となります。
これらの画像の見方のポイントを押さえることで、慢性硬膜下血腫の早期発見や正確な評価に貢献し、患者様の適切な治療へと繋げることができると考えております。日々の業務でこれらの点を意識して画像を見る習慣をつけましょう。