胸部X線画像の見方:肺水腫をどう捉えるか
はじめに
胸部X線検査は、心臓や肺の状態を評価する上で基本的な画像検査です。特に呼吸困難や心不全の疑いがある患者さんにおいて、肺水腫の有無や程度を把握することは、迅速な診断と治療方針の決定に不可欠となります。放射線技師として、肺水腫の典型的な画像所見を正確に捉え、その重症度や広がりを評価する能力は非常に重要です。
この記事では、症例画像を見ることを想定し、胸部X線画像における肺水腫の見方について解説します。実際の画像からどのような情報が得られるのか、どこに注目すべきかを具体的に学び、日々の業務に役立てていただければ幸いです。
症例提示(解説パート)
肺水腫の胸部X線画像を見る際、まず全体像として心陰影の大きさと形、胸水の有無を確認します。次に、肺野全体を系統的に評価することが重要です。
典型的な肺水腫の所見としては、以下のような点に注目します。
- 心拡大: 肺水腫の多くの原因は左心不全によるものです。そのため、心陰影が拡大していることがしばしば見られます。CTR(心胸郭比)が50%を超えているかを目安に評価します。ただし、心拡大がなくても肺水腫を呈することもあるため、心臓の大きさだけで判断しないように注意が必要です。
- 胸水: 肺水腫の原因疾患によっては、同時に胸水を伴うことがあります。特に両側性に見られることが多いですが、一側性の場合もあります。肋骨横隔膜角が鈍化しているか、肺野の辺縁が不明瞭になっていないかなどを確認します。
- 血管陰影の増強と再分布: 肺うっ血の初期段階では、肺血管陰影が目立つようになります。特に通常は下肺野でより太く明瞭に見える血管陰影が、上肺野でも太く、同等あるいはそれ以上に明瞭に見える「上肺野血管の再分布」が重要な初期所見です。
- 間質性浮腫: 血管周囲や気管支周囲への液体貯留が増加すると、間質性肺水腫の所見が現れます。
- Kerley B line (カーリーB線): 肺野の末梢、特に肋骨横隔膜角付近に見られる、胸壁に垂直な数mmの短い線状影です。これは肺小葉間隔壁への液体貯留を示唆します。
- 気管支周囲カフリング (Peribronchial cuffing): 気管支壁周囲の浮腫により、気管支の輪郭が不明瞭になったり、厚みが増して見えたりする所見です。
- 間質網状影: 肺野全体に細かく網の目のような陰影が見られることがあります。
- 肺胞性浮腫: 間質性浮腫が進行し、肺胞内へ液体が貯留すると、肺胞性肺水腫の所見が現れます。
- 浸潤影: 肺野に境界不明瞭な斑状あるいは融合性の陰影が出現します。
- バットウィングサイン (Butterfly sign): 両側肺門部から広がるように、肺野中心部に一致して分布するびまん性の浸潤影です。ちょうど蝶の羽を広げたように見えることからこのように呼ばれます。肺の辺縁部は比較的保たれることが多いです。
- Air bronchogram (エアーブロンコグラム): 液体や炎症性滲出物で満たされた肺野の中に、空気を含んだ気管支が透けて線状に見える所見です。肺炎でも見られますが、肺胞性肺水腫でも見られることがあります。
画像を見る際は、これらの所見が単独で、あるいは組み合わせて出現しているかを確認し、その分布や程度を詳細に観察することが診断につながります。
画像の見方のポイント
肺水腫の画像診断においては、以下の点を意識するとより実践的な評価が可能になります。
- 時系列での変化の確認: 可能であれば、過去の画像と比較することが非常に有用です。わずかな変化も見逃さないようにします。例えば、以前は明瞭だった血管陰影が不明瞭になっていないか、心サイズに変化はないかなどを確認します。
- 病期による所見の変化: 肺水腫は、肺うっ血から間質性浮腫、そして肺胞性浮腫へと進行します。画像所見もこの進行段階に応じて変化するため、どの段階の所見が主体かを判断することで、病態の把握に役立ちます。
- 体位の影響: 臥位で撮影された画像では、重力の影響で液体が肺野全体に均等に分布しやすいため、Kerley B lineや上肺野血管の再分布といった特異的な所見が見えにくく、びまん性の濃度上昇として見えやすい傾向があります。一方、立位では下肺野に液体が貯留しやすく、より典型的な所見が描出されやすいです。可能であれば立位での撮影が推奨されますが、臥位撮影の際はその特性を理解しておく必要があります。
- 他の疾患との鑑別: 肺炎やARDS(急性呼吸窮迫症候群)なども肺野に浸潤影を呈するため、鑑別が重要です。肺水腫は通常、両側性で比較的左右対称に分布し、心拡大や胸水を伴うことが多いのに対し、肺炎は片側性や区域性に分布し、発熱や炎症反応を伴うことが多いなど、臨床情報や他の画像所見と合わせて総合的に判断します。
臨床的な意義・注意点
肺水腫は、心不全の増悪など、循環動態が不安定で緊急性の高い病態を示唆していることが少なくありません。放射線技師は、撮影中に患者さんの全身状態(呼吸状態、SpO2など)にも注意を払い、画像の異常に気づいた場合には速やかに医師に報告することが求められます。
撮影技術としては、十分な吸気で撮影できるかが重要です。吸気が不十分な場合、心陰影が実際よりも大きく見えたり、肺血管陰影が密に見えたりして、肺うっ血や心拡大を過大評価してしまう可能性があります。患者さんに深呼吸の協力を得るよう努め、必要であれば吸気・呼気相の両方を撮影することも検討します。
また、FPD(フラットパネルディテクタ)など最新の撮影機器を使用している場合でも、適切な曝射条件(kVpやmAs)を選択し、肺野の血管陰影や間質性変化が適切に描出されるように配慮することが重要です。コントラストが低すぎると微細な変化が見逃され、濃度が高すぎると血管陰影が埋もれてしまう可能性があります。
まとめ
胸部X線画像における肺水腫の評価は、心拡大、胸水、血管陰影の再分布・増強、間質性変化(Kerley B line、気管支周囲カフリング)、肺胞性浸潤影(バットウィングサイン、エアーブロンコグラム)といった複数の所見を総合的に捉えることが鍵となります。
これらの所見の出現パターンや程度は、病期や体位によって異なりますが、基本的な病態生理を理解していれば、画像をより深く読み解くことができます。日常業務で様々な症例に触れる中で、これらのポイントを意識的に観察し、画像読影のスキルを磨いていくことが重要です。常に最新の知識を取り入れ、臨床情報と画像を統合して考える姿勢を持つことが、質の高い医療貢献につながります。