腹部US画像の見方:急性虫垂炎をどう捉えるか
はじめに
腹部超音波検査(US)は、急性腹症の診断において非常に有用なモダリティです。特に、急性虫垂炎の診断においては、非侵襲的でありながら比較的高い診断能を持つため、第一選択とされることも少なくありません。しかし、虫垂の位置が多様であることや、腸管ガスなどの影響を受けやすいことから、観察が難しい場合もあります。
この記事では、腹部USによる急性虫垂炎の診断に焦点を当て、US画像で虫垂炎をどのように捉えるか、見落としを防ぐために注目すべきポイントについて、実践的な解説を行います。
症例提示と画像所見の解説
USで虫垂を観察する際に、まず盲腸の解剖学的位置を確認することから始めます。右下腹部の腸骨稜の少し頭側、鼠径靭帯の尾側に位置することが多いですが、個人差が大きく、骨盤腔内や肝臓の下に位置することもあります。正常な虫垂は径が小さく(6mm未満)、蠕動もなく、周囲の腸管に紛れて描出が難しいことが一般的です。
急性虫垂炎を起こしている場合、US画像には特徴的な所見が現れます。画像を見てみましょう。
- 虫垂の腫大: まず最も重要な所見は、虫垂の最大径が6mm以上に腫大していることです。これは、圧迫を加えても径が縮小しない、非圧迫性の腫大として確認されます。径の測定は、炎症の程度を評価する上でも重要です。
- ターゲットサイン(Target sign): 炎症により壁が肥厚し、US画像で同心円状の層構造として描出される所見です。外側の低エコー層(筋層と漿膜)と内側の高エコー層(粘膜下層)が標的のように見えることからこのように呼ばれます。
- 周囲脂肪組織のエコーレベル上昇(Stranding): 炎症が虫垂周囲の脂肪組織に波及すると、脂肪組織のエコーレベルが上昇し、網状や線状に見えるようになります。これは虫垂炎に特徴的な所見の一つです。
- カラードプラでの血流増加: 炎症を起こした虫垂壁には、カラードプラで血流の増加が観察されることが多くあります。これは炎症による血管新生や拡張を反映した所見です。
- 圧痛: プローブを当てて最大の圧痛を感じる部位で虫垂が描出される場合、虫垂炎である可能性がさらに高まります。
これらの所見を総合的に評価することで、急性虫垂炎の診断精度を高めることができます。
画像の見方のポイント
急性虫垂炎のUS検査を行う上で、以下の点に注意することが画像診断の質を高める上で重要です。
- Graded Compression法: USプローブで腹部をゆっくりと圧迫しながら観察する手法です。これにより、腸管ガスを排除し、周囲の腸管を押し分けることで、隠れた虫垂をより明瞭に描出することができます。非圧迫性の腫大を確認するためにも必須の手技です。
- 解剖学的バリエーション: 虫垂の位置は非常に多様であることを常に念頭に置いてください。右下腹部だけでなく、骨盤腔内、後腹膜腔、時には左側に見られる異所性虫垂の可能性も考慮し、広い範囲を丁寧に走査する必要があります。
- 鑑別診断: 虫垂炎に類似した所見を示す他の疾患との鑑別も重要です。回腸末端炎、卵巣嚢腫茎捻転、憩室炎、リンパ節炎などが挙げられます。これらの疾患の画像所見との違いを理解しておくことが望ましいです。特に、回腸末端は虫垂に近く、炎症を起こすと虫垂炎と似た所見を示すことがあるため注意が必要です。
- 虫垂結石(Appendicolith)の有無: 虫垂内に結石が存在すると、虫垂炎の原因となっていることが多く、診断の強力な根拠となります。 USでは高エコー像として描出され、後方に音響陰影を伴うことがあります。
- 合併症の評価: 虫垂の腫大だけでなく、穿孔(周囲のフリーエアーや液体貯留)、膿瘍形成(複雑な内部エコーを持つ液体貯留)、腹膜炎(腹水)などの合併症を示唆する所見がないかも確認することが重要です。
臨床的な意義・注意点
放射線技師として、急性虫垂炎のUS検査に関わる上で、臨床的な意義や注意点を理解しておくことは非常に重要です。
- 急性腹症の初期評価: USは被曝がなく、ベッドサイドでも実施可能なため、急性腹症の患者さんの初期評価に広く用いられます。特に小児や妊婦においては、被曝を避けられるUSが優先される傾向にあります。
- USの限界: 腸管ガスの多い患者さんや肥満の患者さんでは、USによる虫垂の描出が困難な場合があります。また、炎症の初期段階では所見が不明瞭なこともあります。 USで診断が確定できない場合や、合併症が疑われる場合には、CT検査が選択されることが多いです。
- 放射線技師の役割: US検査における放射線技師の役割は大きく、正確な解剖学的知識に基づいた丁寧な走査と、得られた画像の適切な記録が診断医の判断を助けます。特に、最も圧痛のある部位や、腫大した虫垂が描出された部位などを正確に伝えることは、臨床診断に大きく寄与します。走査中に患者さんの圧痛の部位や程度を確認しながら進めることも有用です。
まとめ
腹部USによる急性虫垂炎の診断には、虫垂の腫大、ターゲットサイン、周囲脂肪組織の炎症、血流増加などの特徴的な画像所見を捉えることが不可欠です。 Graduated Compression法を用いた系統的な走査、虫垂の多様な解剖学的位置の理解、そして他の疾患との鑑別能力が、正確な診断には求められます。
USは虫垂炎診断において重要な役割を果たしますが、その限界も理解しておく必要があります。放射線技師として、これらの画像所見を正確に捉え、適切な情報を提供することが、患者さんの迅速かつ的確な診断・治療に繋がります。日々の検査の中で、これらのポイントを意識して画像を見る習慣をつけることが、スキルアップに繋がるでしょう。